お知らせ

026.「人工呼吸」の話-その1「救急救命治療としての人工呼吸」(*注7)

 人工呼吸とは、呼吸が十分に出来なくなったいわゆる「呼吸不全」の患者さんの肺内に人工的に酸素を送る医療行為です。
 自動車教習所では事故などで呼吸が止まった人に口から口へ(マウス・トゥー・マウス)人工呼吸をする方法を教わりますが、実際には感染・衛生面から考えて他人に口移しで息を吹き込むというのは感染症が移る可能性があり問題です。

 救急車が到着すると、救急隊員はラリンジアルマスク(咽頭マスク)という器具を口の奥の咽頭まで入れて手でバッグをもみながらの人工呼吸を行います。最後に病院に着くと医師が気管挿管と言って、肺に至る空気の通り道(=気管)に直接太いチューブを入れて、これを通じて人工呼吸器の機械で自動的に酸素を送り込む様にします。肺に重大な病気が無い元々健康な人であれば、このような救命・蘇生治療の一つとして人工呼吸を行うことで助かる人もあるのです。

 しかし残念なことに、元々元気な人でも脳に酸素が行かない時間が長ければ、意識が戻らず自分で十分な呼吸(=自発呼吸)をすることができず、半永久的に人工呼吸をしなければなりません。一般的に15分間呼吸が止まり脳に酸素が供給されなければ生き返る可能性はほぼ0%になると言われています。
 
 半永久的な人工呼吸が必要となった場合には首ののど仏の軟骨の下の方に手術で穴を作る「気管切開(きかんせっかい)」略して気切(きせつ)を行い、この首の穴から人工呼吸器で酸素を送り続けるようになります。一度始めた人工呼吸は本人が自分で十分な呼吸ができるように回復しない限りはずっと続けなければなりません。人工呼吸を休むということはただちに死につながるからです。

 このような救急救命治療としての人工呼吸は大変重要な治療法ですが、次回はその他の目的での人工呼吸治療について考えて行きましょう。

*注7) この文章で人工呼吸と言っているのは全て「気管内挿管による人工呼吸」を指しています。この文章を書いた後に私の務める病院でも、CPAPの様なマスク型の「非侵襲的陽圧換気療法=NPPV(Non Invasive Positive Pressure Ventilation)」が導入されたために、慢性的な病気の末期呼吸不全の患者さんにも挿管をせずに意識を保ったままでの人工呼吸が可能となり治療の選択肢が広がりました。しかしNPPVもヘッドギアのような大掛かりなマスクを頭にガッチリと固定するためかなり苦痛を伴う方法で、不知の病に対してはあくまでも延命治療の位置づけなので延命治療をどう考えるかというまた新たな医療倫理の問題に行き当たることになるのです。


  (「くすぐる診療所」2014年5月号より改訂)

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