099.「新型コロナ感染症」〜その3:「聖人は未病を治し、上医は国を医(いや)す」
この原稿を書いている2020年5月20日現在、新型コロナウイルス感染症COVID-19の日本国内での新規感染者は緊急事態宣言下の自粛・休業要請の効果でかなり減少してきました。大阪・兵庫・京都では明日にも緊急事態宣言が解除される予定となりました。学校が再開し、経済活動は再開に向けて動き出すでしょう。3ヶ月近くに及んだ自粛生活にもようやく明るい兆しが見えて来ました。
しかし人々の動きが再開することで、感染の第2波、第3波が繰り返し起こる事が十分予想されます。期待されている抗ウイルス薬「アビガン」も現時点では新型コロナへの有効性がまだ確立しておらず、世界中で研究者がしのぎを削っているワクチンの実用化もまだ先行きが不透明です。
しかし、この3ヶ月の間にも世界中から新たな知見が次々に報告され、日々インターネット上で情報が飛び交っています。このインターネットの発達が無ければこれほど短期間で一つの病気に対する研究が進むことは無かったでしょうし、この新型ウイルスとの戦いはさらに困難を極めていたでしょう。
この新型コロナが「3密」の状態で感染しやすいこと、発熱や咳などの症状が出る前からウイルス量が増えて全く症状の無い人からも他人へ感染が広がること、またウイルスは主に手を介して「接触感染」する危険が高いために石鹸の手洗いや高濃度アルコールでの手指消毒が感染防止には有効であること、マスクを着けることも「飛沫感染」を避けるためには一定の効果が期待できることなど、この未知のウイルスとの戦い方も少しずつわかってきました。
しかし感染者が減少してきた現在でも、経済の大幅な低迷や大量の失業者、医療崩壊、家庭内暴力の増加、長期の学校閉鎖による子供たちの学業の遅れなど政治的な大きな問題が依然として未解決のまま山積みです。人が動けば感染が広まり、人が止まれば経済が立ち行かないという、相反するバランスをどう取り持つかという政治的な采配が今後の明暗を左右します。
さて紀元前1世紀頃の中国最古の医学書「黄帝内経(こうていだいけい)」はユネスコの世界記憶遺産にも認定されていますが、この中に「聖人(優れた医者)は已病(発病した後の病気)を治すのではなく、未病(発病前の病気)を治す。」という格言があります。現在では「未病」は予防医学と結びつけて考えられており、癌の早期発見や生活習慣病の予防などで言われるようになりましたが、感染症に対するワクチンや感染の予防対策を講じることも広い意味では「未病を治す」ことだと言えるでしょう。
時代が進みこの格言は「上医は国を医(いや)し、中医は人を医し、下医は病を医す。(最も優れた医者というのは国全体を癒し、優れた医者は人を身体的・精神的・社会的に総合的に癒し、一般の医者は病気のみを治す。)」という言い回しに変化して行ったのですが、感染症や癌や生活習慣病の予防を実行するのは国政や地方を担う政治家の役割であり、医療の専門家のデータや知見をもとに各国の首脳や各地方の知事たちの政治手腕で現在まさに新型コロナ感染症と戦っています。この医療と政治の共同戦線が今後のコロナとの戦いを制する上で最も重要です。政治的な利権のためではなく、真の意味で人々のために医療と共同して施策を行うことのできる政治家は国を癒す「上医」だと言えるでしょう。
「くすぐる診療所」 (2020/5/20) No.99. 2020年6月号掲載