122.「菜の花(なのはな)は何の花?」食と健康の話〜その1
昭和から令和の現在でも小学校で歌われる有名な唱歌『朧月夜(おぼろづきよ)』(高野辰之(たつゆき)作詞、岡野貞一(ていいち)作曲)の歌詞は『①菜の花畠(ばたけ)に 入日(いりひ)薄(うす)れ 見わたす山の端(は) 霞(かすみ)ふかし。春風そよふく 空をみれば 夕月かかりて にほい淡し。②里わの火影(ほかげ)も 森の色も 田中の小路(こみち)を たどる人も。蛙(かわず)のなくねも かねの音も さながら霞める 朧月夜。』 ポップス歌手の中島美嘉さん、島谷ひとみさん、槇原敬之さんもこの歌をレコーディングしています。
特に2番の「も」の繰り返しは脚韻(きゃくいん)を踏み印象的です。1番・2番共に始めの4文節で視覚的な情景を描き、5文節目で「春風そよふく」や「蛙の鳴く音」「鐘の音」など「肌感覚や聴覚」などの感覚が呼び起こされ、情景的・叙情的で共感を呼ぶ歌となっています。
さてこの歌の「菜の花畑」は高野辰之が過ごした信州の菜種(なたね)油用のアブラナ畑が描かれたものと考えられます。菜の花は主には菜種油を取るための「アブラナ」の花を指し、その種を「菜種」と呼びます。ちょうど今頃3〜5月頃にアブラナの地表の葉の部分から「薹(とう)が立ち」黄色い十字型の花を咲かせます。
以前は春になると日本のどこにでも黄色い菜の花の群生を見ることができました。これは先月お話した「日本じゅうのソメイヨシノ桜が、明治以降に接木・挿木のクローン技術で広められ、見事に均一化され近代日本の情景になった」のと似た歴史があります。
桜並木と菜の花畑が同時に見られる花の名所も各地にあります。江戸時代までは主に行燈(あんどん)という家庭用の明かりの灯油として、綿実油やごま油などとともに各地で日本在来種の「菜種」を栽培していました。与謝蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」を始め菜の花の美しさを詠(よ)んだ句は数多くあります。
明治以降になると、食用油を取るための西洋菜種セイヨウアブラナが栽培の中心となって行きました。最近では菜種栽培は少なくなり、菜の花の群生は野生化したセイヨウアブラナやセイヨウカラシナが河川敷や土手、畦道などに自生したり、各地の花畑で観賞用や採種用に栽培されているものに限られ、菜種油用の栽培は北海道が日本全体の約6割を占め、青森など東北と、福岡など九州、滋賀、愛知県など一部の県が数%ずつ栽培するのみになっています。
現在菜種油の99%以上はカナダで作られた、心不全になりにくい「キャノーラ油(固まりやすいエルカ酸を含まない健康的な油)」を輸入しています。しかし菜の花はセイヨウアブラナに咲く花だけではありません。農家の方や家庭菜園をしている方は知っておられると思いますが、「菜の花」は「アブラナ科アブラナ属」の多くの野菜に共通して咲き、見た目はとてもよく似ています。
同じアブラナ科の植物である大根ダイコンも色は白色〜紫色ですが、形は菜の花と同じ十字型の花を咲かせることを知っておられる方も多いでしょう。現在日本では多種多様のアブラナ科の野菜や香辛料が栽培され日常的に食卓に並んでいます。次回は更にこの菜の花=アブラナ科の野菜がどのように日本で大量生産されるようになり、スーパーから食卓に並ぶようになったのか?食の安全は?といった話を掘り下げたいと思います。
「くすぐる診療所」 (2022/04/20) No.122. 2022年5月号掲載