060.「人が『死別』と直面するとき」-その2
前回ご紹介した『はなちゃんのみそ汁』の様に、がんの告知、余命宣告、不治の病との闘い、肉親との死別というテーマはこれまでにも数多くの実話が本やドラマ、映画となり、その度に多くの人の涙を誘ってきました。
私は消化器内科医という仕事柄、がんの患者さんと接することは日常的であり非常に多いのですが、ひと昔前まではがんの告知は「患者さんがショックで生きる気力を失うから。」との理由であまり行われなかったようです。
胃がんでも胃潰瘍などと「ウソ」を言って手術が行われ、何を点滴されているか知らされないまま抗がん剤が点滴され、自分ががんの終末期だと知らされず十分な緩和ケアも受けられず苦しむ患者さんが多かったのです。患者さんは治療をしているのに良くならないと、医療者や家族への不信感がつのり、疑心暗鬼に陥って精神的にも苦痛が増してゆきます。伊丹十三(いたみじゅうぞう)監督の「大病人」という映画の前半では、この様な旧来の日本の終末期医療の模様が描かれていて反面教師になります。
しかし、今ではがんの告知をすることがむしろ一般的になってきました。これは患者さん自身が自分の病気を正しく知り、どのような治療を受けるか、または受けないかを選択し、残された人生最後の時間を自分で決めること、そして医療者はそれをサポートすることが最も重要な役割だというように時代と共に考え方が変わってきたからです。
しかし医者も人の子、がんの告知をし、患者さんの終末期の苦痛を正面から受け止めることは辛くて非常にストレスなことです。がんの告知には経験やコミュニケーション技術の習得が必要です。毎週末のように各地で緩和ケアの講習会が行われていて、講習会では様々な医療従事者がロールプレイという方法で、医師役、患者役、看護師役、観察者役などのそれぞれの役(ロール)を交替しながら何度も実際に演じ(プレイし)ながら、患者さんの気持ち、医師や看護師がどの様に声をかけてケアをして行くと良いのかを実際に模擬体験(シミュレーション)する形式をとります。演じた後にはお互いを評価し合いながら、経験と技術、考察を高めて行くという教育方法です。
医療者が患者さんに面と向かってがんの告知をし、その後の信頼関係を保ちながら家族と共にサポートして行く方が、患者さんにとっては何倍も充実した終末期を送ることができると今では身にしみて感じます。次回は医療関係者以外からも、終末期患者さんとその家族を支える新たな活動が始まって来ているというお話をいたします。
(「くすぐる診療所」2017年3月号より改訂)