096.「米国の医療用麻薬乱用問題=オピオイド・クライシス(危機)」
今回はアメリカの医療用麻薬の乱用問題についてお話しします。アメリカでは近年、オキシコドンやフェンタニルといったオピオイド系医療用麻薬が「医療用麻薬は常習性が低く安全だ」という製薬会社の誇大宣伝により、がん以外の慢性疼痛や術後の疼痛などに安易に処方されてきました。
これらの医療用麻薬が闇市場などで流通し多くの依存症患者を生み出し、過剰摂取による死亡が交通事故死亡を上回るほど増加する事態に陥りました。2017年の1年間にアメリカでは170万人がオピオイドの乱用で精神障害を起こし、そのうち4万7千人が死亡したと報道され、さらにこの20年間で約40万人が死亡しています。
この事態は「オピオイド・クライシス(危機)」として2017年アメリカのトランプ大統領も国家非常事態宣言を発令し、麻薬処方を乱発した医師や闇ルートの販売業者の摘発・厳罰処置を講じ始めました。更にWHOによるとアフリカや中東など世界中にもこの傾向が広がっており、2015年の薬物過剰摂取による死亡者17万人のうち4分の3がヘロインなどのオピオイド使用によるものでした。
オピオイドの歴史は古く、古代から「芥子(ケシ)=opium poppy:オピウム・ポピー)の実」から採取された果汁には鎮痛鎮静効果があり、同時に習慣性や乱用による健康被害をもたらす「麻薬」としての特性が知られていました。このケシの実を乾燥させたものが「阿片(アヘン)=opium」で、モルヒネやヘロイン、コデインなども同様の麻薬です。
日本で問題となりやすい覚醒剤のような意識を高揚させる「アッパー系」薬剤とは逆に、オピオイド系の麻薬は気分を落ち着かせる「ダウナー系」とも言われますが、覚醒剤にしろ麻薬にしろ、その成分は本来ヒトの脳内物質として存在しているドパミンやセロトニン、エンドルフィンといった興奮や恍惚を感じる物質に類似しているために脳がこれらの快感を感じるのです。
アメリカでは以前から戦場での鎮痛や負傷者の安楽死、兵士の士気高揚のために麻薬が使用された歴史がありました。南北戦争ではモルヒネが、ベトナム戦争ではヘロインが、イラク・アフガン戦争では医療用麻薬の娯楽目的の使用が広まったと言われています。
今アメリカでは、麻薬を大々的に宣伝し売り出していた製薬会社に対して何千件という訴訟が起き、何億ドル(何百億円)規模の制裁金・和解金が科せられ破産する会社も出ています。有罪判決を受けた製薬会社幹部には5年以上の禁固刑が言い渡されたりと、社会からの厳しい制裁が科せられてきています。さらに昨年2019年6月にはこれら製薬会社と関係の深かった米国疼痛学会が突然解散するという事態も起きています。
オピオイド危機の原因は製薬会社の誇大宣伝だけでなく、2008年のリーマンショックに端を発した世界同時不況による失業者増加がうつ病や精神不安、慢性疼痛患者を増加させ、薬物依存者を増加させたとも言われており、この問題の根はかなり深くさらに枝分かれをしているようです。
日本ではがん性疼痛などへの適切な麻薬の処方が法律で厳しく規制されているためアメリカの様な麻薬の蔓延には至っていませんが、違法薬物使用による有名人の検挙が相次いで報道されており全くの他人事では済まされない問題なのです。