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121.「どうして桜は一斉に咲くのか?」〜「桜」と「遺伝子」の話〜その1

 3月から4月と言えば、日本人にとっては卒業と入学、別れと出会い、仕事の年度納めと年度始めといった特別な季節感を感じる時期ではないでしょうか。そこに被(かぶ)ってくる心象風景といえば一面に咲き誇る「桜」と一斉に散ってゆく「桜」の花弁(はなびら)という、日本の至る所で見られる景色ではないでしょうか。

 卒業の歌などでは今でも「桜」をテーマとした曲が次々と作られており、日本人にとっての「桜」は特別な感情を湧き起こす花だと実感されます。現在日本中の桜の7-8割ほどを占めているのは、明治中頃以降に人工的に広められた単一の品種「ソメイヨシノ」です。更にいうとソメイヨシノ(染井吉野)という桜は、江戸時代末期に江戸の染井村(現在の東京駒込)の園芸業社が日本に自生する桜「エドヒガン」と「オオシマザクラ」の交配によって作り出した特別美しい1本で、後から桜の名所である奈良の「吉野山」に因(ちな)んで「染井の吉野桜」という2つの地名を掛け合わせて名付けられたと言われています。

 さらにこのソメイヨシノは種から育てて増やしているのではありません。ソメイヨシノの木から、接木(つぎき)や挿木(さしき)をして増やしたものであり、現代の用語を使って言うと全て同じ遺伝子を持った元々はたった1本の木の「クローン」なのです。

 この「元々の1本の木」はただ美しいだけでなく、成長が早く様々な土壌・気温の土地にも適応できる力を持っていたため、明治から昭和にかけて日本中に大量に植樹されて、日本の近代化、都市化、そして今では日本の春の別れと出会いの心象風景になるまでの特別な存在になったのです。

 そもそも日本中に北から南まで1種類の桜の木が一様に生息すること自体が自然にはあり得ない事なのですが、ソメイヨシノがそのあり得ない「人工的な自然の風景」を見事に作り出したともいえます。全てのソメイヨシノがクローン=全く同じ遺伝子を持った木であるため、並んで植えられたソメイヨシノは同じ様に花を咲かせ、同時に散るのです。これが種類の違う自生する桜では、開花の時期も異なれば、散る時期も異なり、ソメイヨシノ出現の以前の日本では、桜は木や種類によって開花時期が異なり、約1ヶ月間色々な木の花が楽しめたのです。

 今でも都市部以外の田舎の山では自生する山桜が見られ、1本1本少しずつ違った花の開花を見る事ができます。クローン技術と言うと最新の科学の様な気がしますが、この様な挿木・接木という桜のクローン作成技術は実は古く平安時代からありましたし、野菜の交雑技術=品種改良は農耕が始まった数千年前から行われて来ました。

 現在身近にある観賞用植物や食用植物(野菜)などはほとんどが「遺伝子」を人間が選別し操作して作り出した「人工的な植物」なのです。詳しくは、佐藤俊樹著『桜が創った「日本」 ソメイヨシノ 起源への旅』(岩波新書)(電子ブックも有り)に書かれていますので興味のある方は一読をお勧めいたします。


「くすぐる診療所」 (2022/03/20) No.121. 2022年4月号掲載

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